こんにちわ!あやぽんです!

今日のニュースで内田光子さんがグラミー賞を受賞したと話題になっていますね!

実はあやぽん、音大にいってたんですが、中学のころだったかな??母親に内田光子さんのモーツアルト全集を買ってもらってよく聞いていました。

その頃からのファンなのですっごく嬉しいです!

 

そこで今回は内田光子さんのプロフィールや大学、演奏動画や結婚についても調べてみることにしました!

 

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内田光子さんのプロフィールは?

 

小学校~ピアニストになるまで

内田光子さんはお茶の水女子大学附属小学校在学中に桐朋学園の「子供のための音楽教室」で松岡貞子に学んでいたそうです。

 

 

桐朋の子供の為の音楽教室と言えば、有名なピアニストやバイオリニストなどのアーティストを輩出していることで知られています。

私は桐朋出身ではありませんが、やはり音楽関係の友人の中でも「桐朋の子供の為の音楽教室」に通っていた方は結構います。

桐朋学園大学出身の方といえば、小澤征爾さん(指揮者)、野島稔さん(ピアニスト)、仲道郁代さん(ピアニスト)、西村由紀恵さん(ピアニスト作曲家、ヤマハJOC時代から活躍)、羽田健太郎さん(渡鬼の曲の方)、諏訪内晶子さん(バイオリニスト・チャイコン第二位日本人最高位)、徳永二男(バイオリニスト)、堀米ゆず子(バイオリニストエリザベート王妃国際音楽コンクール優勝)、高嶋ちさ子(バイオリニスト)、井上道義さん(指揮者)などなど、日本国内外で活躍している音楽家が沢山いらっしゃいます!

 

また東京芸大と桐朋のこの二つの音楽大学は音大を目指す方の中では別格かな~と思いますね。

 

内田光子さんのお父さん、内田藤雄が外交官だったので12歳で渡欧し1961年からオーストリアのウィーン音楽院でリヒャルト・ハウザーに師事したんだそうです。

 

その後も、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ、ヴィルヘルム・ケンプ、ステファン・アスケナーゼ、ニキタ・マガロフらの薫陶を受けていたそうです。

 

そのあと一時帰国しますが、再び渡欧し ロンドンでマリア・クルチオなどにも師事したがプロの演奏家として真の自立を図るべく、その後一切特定の師に付かないことを決意したんだそうです。

両親は、一時帰国の後彼女が親もとを離れたあと、一切の金銭的援助をしていないそうなんです!

 

これって音楽やっている方なら分かると思いますが、凄いことなんですよね。

音楽を続ける事や音大に入ってそのあと音楽で食べていくってことは、本当に大変なんですよね。

 

私は音大卒業しましたが、ほんと、全然大したことなかったので、フツーに一般企業に勤めながらたまに伴奏の活動などをしていましたが、正直、親のスネかじりまくってました。

 

かじりつかないとやっていけなかったです。はい。

 

ロンドン時代

内田光子さんは1971年英国ウィグモア・ホールでの演奏会にてロンドン・デビュー。

1972年から拠点をロンドンに移しました!

ヨーロッパを中心に活動するが、1970年代は不遇の時代でした。

東芝EMIなどで細々と録音していたが、大手レコード会社からのオファーは全くなかったからです。

日本では、演奏会を開くことすらままならず、両親がチケットを売りさばくことに苦心していた。本人は私は日本の音楽大学を出ていなかったからと当時を振り返っていたそうです。

 

実際音楽で食べていくには、演奏会やピアノの先生、チケットの販売などとにかく色々なことをこなしていかないとダメなんですよね。

 

日本の音楽大学を出ていなかったからというのもうなずけます。

 

でも日本の音大も大変ですよー。

私の時代は、自分の恩師のチケットを学生時代売りさばいたりとかノルマ〇枚とかいろいろありましたよ。

学生時代にピアノを教えるのと、普通のバイトもしてノルマ達成をなんとかしていましたが、足りないところは親に出してもらってましたね。

友人で今音楽で食べて行っている方もいますが、その当時、回転寿司でむっちゃバイトしてました^^;

音楽は手を大事にしないといけないんだけれど、皿洗いとかやってましたね。

女の子は特に衣装代もかかるしとにかくお金がかかりますね。

 

注目を浴びたモーツアルトピアノソナタ連続演奏会

 

1982年、東京文化会館小ホール、そしてロンドンのウィグモア・ホールでのモーツァルト「ピアノ・ソナタ連続演奏会」は「ウチダの火曜日」とロンドンの批評家から絶賛を浴びました!

 

内田光子さんのCD持ってましたねー。

このころ、私も古典派のピアノソナタをずっと勉強していたので本当に重宝しました。

1984年にイギリス室内管弦楽団を自ら指揮しつつ演奏したモーツァルトのピアノ協奏曲の全曲演奏会を契機に、フィリップスにモーツァルトのピアノ・ソナタとピアノ協奏曲を全曲録音しました。これら一連のチクルスは空前の大成功を収め、これを契機に長い不遇の時代を経て名実ともに国際的な名声を不動のものとしました!

 

このオーケストラを指揮しながらピアノを弾くスタイルですが、実はモーツアルトが活躍した時代はこのスタイルで弾いていたと言われています。

いわゆる弾き振りといわれていますね。

 

その後古典なら内田光子と言われるほどになりました。

 

その後は

2011年、最優秀器楽ソリスト演奏賞(グラミー賞受賞)

2015年、高松宮殿下記念世界文化賞を受賞

2017年、第59回グラミー賞

クラシック部門の最優秀ソロ・ボーカル・アルバム賞を受賞

という感じですね!

 

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内田光子さんの画像や演奏動画は?

YouTubeの動画を見つけました!

これはモーツアルトピアノ協奏曲NO20でモーツアルトの協奏曲の中で2曲しかない短調の曲で私も大好きな曲です。

昔授業で勉強したなー。たしかフリーメイスンとなにか関係があったような気がしますが、もう手元に書籍もないので間違っていたらごめんなさい^^;

 

ちなみにこれも弾き振りですね。

 

 

内田光子さんは結婚しているの?

 

内田光子さんって私が良く学生時代の友達と話していたのは気難しいという噂?はありましたが、たしか独身だったんじゃないかなーと思い、調べてみたら!ロバートクーパーさんという外交官の方が私生活のパートナーということでした!

 

日本は結婚という形に結構こだわりますが、海外ではそこまで結婚にこだわっていませんよね。

内田さんのパートナーという表現も、結婚にこだわっていないという事なんでしょうね。

海外生活が長い内田光子さんになんかピッタリな感じがしました。

また一般的にはエリート同士といった印象を受けますが、内田さんのお父さんも外交官だったので、さほどエリート意識もないような気がしますね。

 

内田光子さんについて調べてみて

 

今回グラミー賞を受賞ということで内田光子さんについて調べてみました。

小さい時からよく聞いていたピアニストだったので凄く嬉しいです。

久しぶりにCD聴いてみようかなと思いました~!

すっごくいい演奏する方なので是非聴いてみてくださいね!

 

 

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